【Ⅰ.慢性疼痛とは】
慢性疼痛とは、3ヶ月以上持続する、または疾患の治癒に要すると期待される期間を超えて持続する痛みと定義されています。原因となる疾患がすでに治癒したと考えられる時期でも痛みが持続し、痛みの程度と原疾患の状態が一致しないことが多く見られます。また、慢性疼痛患者においてはその原因となる疾患自体が問題となることは少なく、遷延する痛み自体が大きな問題となっています。 わが国での慢性疼痛保有率については、これまでの報告によれば22-30%といわれており、愁訴としては腰痛、肩こり、手足の関節痛、頭痛が上位に挙げられます。経過中に、心理社会的な背景により痛みの強さや訴え方が大きく修飾されることが多く、痛みを慢性的に抱えることによって、不安・抑うつ状態・行動意欲の低下・不眠などの精神・心理的症状を伴います。このことが痛みの程度を更に増悪させ症状を複雑化するとともに、患者の日常生活動作(Activities of Daily Living : ADL)や生活の質(Quality of Life : QOL)の著しい低下につながり、就労困難を招くなど、患者個人の問題から社会全体へと拡散していくことが大きな問題となっています。痛みは身体の異常を知らせる警告信号として重要ですが、一方で不快な症状として日常生活に支障を来し、QOLを低下させる要因となります。国際疼痛学会(IASP)では「痛みとは実際の組織損傷、もしくは組織損傷が起こり得る状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」と定義されています(図1)。このように痛みは主観的な体験表現であるため、客観的な評価や定量化が困難であること、精神的・感情的な修飾を受けやすいことから、標準的な治療法が未確立で、十分な診療体制が整っているとは言い難い状況でした。こうした背景を受けて、わが国においても慢性疼痛に対する研究や医療体制の構築が進められています。

【Ⅱ.慢性疼痛の分類と原因となる疾患】
痛みの慢性化のメカニズムは、「可塑性」と「感作」という用語で説明すると理解しやすいと思われます。可塑性とは弾性の対語で「変化したものが変化した状態を維持する性質」で、神経系において痛みがあればその状態が持続し、無痛であればその状態が持続するという性質です。このことから痛みを放置すると慢性化することが説明でき、逆に有効な除痛状態を続けることが痛みの長期的な除去に繋がることを示唆しています。感作とは痛み刺激に対する反応が敏感になることで、末梢神経と中枢神経の両方において生じると考えられています。 このことから適切な鎮痛を施し可塑性変化を予防することが、慢性疼痛への移行の抑制につながると考えられます。 痛みはその要因によって①侵害受容性疼痛、②神経障害性疼痛、③心理社会的疼痛(非器質的疼痛)に分類されます。実際には複数の機序が混在し(混在性疼痛)、経過の中でそれぞれが占める割合も複雑に変化していくことが多く、痛みが長引くと、心理社会的要因との循環的相互作用により慢性化、重症化すると言われています(図2:痛みの悪循環モデル)。

- ①侵害受容性疼痛
- 神経組織以外の生体組織に対する実質的、ないしは潜在的な傷害によって生じた発痛物質が、末梢の侵害受容器を刺激することによって生じる痛みです。
- ②神経障害性疼痛
- 体性感覚神経系の病変や疾患によって引き起こされる痛みです。灼けるような、うずくような、ヒリヒリするような、ビーンと走るような、といった特徴的な性質の痛みで、痛覚過敏や、触刺激で痛みが誘発されるアロディニアといった症状がみられます。
- ③心理社会的疼痛
- 痛みや吐き気、痺れなどの自覚的な身体症状があり、日常生活を妨げられているものの、それを説明するような一般の身体疾患、何らかの薬物の影響、他の精神疾患などが認められず、むしろ心理社会的要因によって説明されるものです。おそらく不安に結びついているものとされています。
WHOの慢性疼痛分類と代表的な疾患(図3)
ICD-11では7つのカテゴリーに分類されています。要因が明確な二次性の症候群以外に、明確な身体器質的原因を認めない慢性疼痛疾患として一次性疼痛(primary pain)というカテゴリーを設けたことが大きな特徴であり、痛みの原因が明らかでなくても、痛みそのものが疾患であるということを定義づけています。慢性一次性疼痛として非特異的慢性腰痛、線維筋痛症、過敏性腸症候群などが挙げられます。

【Ⅲ.慢性疼痛の治療】
これまで述べたように慢性疼痛の原疾患や要因は多岐に渡り、心理社会的因子によって症状が大きく修飾されることから、その治療法は必然的に単一なものではなくなります。種々の薬物療法、神経ブロック療法や手術療法、リハビリテーション、心理・精神学的アプローチや社会問題の解決等を組み合わせた集学的治療が求められます。
- 1)薬物療法
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がん性痛はその疾患が致死的であり、痛みの存在は肉体的にも精神的にも大きな苦痛を与えるため、痛みを出来るだけゼロにすることが求められます。一方、非がん性慢性疼痛は致死的な疾患が背景にはなく、加齢という要素も関与していることから、痛みをゼロにすることを必ずしも最重要目標とはせず、障害され問題となっている日常生活を捉えて、その改善を目指します。そのため、痛みの評価と同程度に、痛みによって障害されている日常生活を捉えることが大事であり、それが最大限に改善することを目標に、最大の鎮痛効果と最小の副作用を目指した投薬が求められます。慢性痛では侵害受容性の要素と比較して、神経障害性や心理社会性因子の要素が占める割合が多くなることから、急性痛に有効である鎮痛薬は一般的に効果に乏しく、その患者個々に占める病態を正しく把握して、鎮痛補助薬を組み合わせていくことが必要となります。
- a) 非ステロイド性抗炎症薬(Non Steroidal Anti Inflammatory Drugs : NSAIDs)
- 炎症の化学伝達物質であるプロスタグランジンの生合成に関与する代謝酵素の作用を阻害することで、抗炎症作用を発揮します。一般的に用いられる痛み止めで、炎症が関与する急性痛には有効ですが、慢性痛には無効であることが多いです。消化管障害、腎機能障害、心血管系イベントが副作用として挙げられます。
- b) アセトアミノフェン
- 古くからある解熱鎮痛薬で抗炎症作用はほとんどありません。NSAIDsにみられる消化管障害、腎機能障害、心血管系イベントといった副作用のリスクが少ないのが特徴です。侵害受容性疼痛に対して有効です。
- c) Caチャネルα2δリガンド(ガバペンチノイド)
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プレガバリン・ガバペンチンとミロガバリンは、神経における電位依存性Caチャネルのα2δサブユニットに結合することにより、痛みの伝達物質の放出を低下させて鎮痛効果を発揮します。また脳幹に存在する青斑核に作用してノルアドレナリン作動性下行性抑制系を活性化する機序も言われています(図4)。神経障害性疼痛に対して有効で、IASP、JSPCガイドライン(図5)のいずれでも第1選択薬に位置付けられています。
図4
図5
- d) 抗うつ薬(三環系抗うつ薬・セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
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鎮痛目的で用いられる抗うつ薬は、古くから三環系抗うつ薬(アミトリプチリン・イミプラミン・ノルトリプチリン)が主に使用されています。セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるデュロキセチンは三環系抗うつ薬と比べて、副作用が軽微で使いやすいというメリットがあります。
抗うつ薬の鎮痛効果はうつ状態の改善とは別に発揮され、下行性疼痛抑制系の伝達物質であるセロトニン・ノルアドレナリンの取り込みを阻害して賦活することによって生じると考えられています。(図6)。いずれもIASPガイドラインでは第1選択、JSPCガイドラインにおいてはSNRIのデュロキセチンが有痛性糖尿病性ニューロパチーに対して第1選択とされています。図6
- e) オピオイド系鎮痛薬
- オピオイドとは、阿片(オピウム)が結合する受容体に親和性を示す化合物の総称です。末梢神経、脊髄、脳の広範囲の神経系に分布するオピオイド受容体に作用して、内因性の下行性疼痛抑制系を賦活することと侵害受容伝達の亢進を抑制することで痛みを緩和します。その鎮痛作用は強力である一方で、嘔気、便秘、眠気などの副作用から、高用量あるいは長期使用に伴う腸機能障害、性腺機能障害、痛覚過敏などの弊害、また乱用・依存などの懸念も捨て切れません。前述したように非がん性痛においては、痛みによって失った何らかの日常生活を取り戻すことが薬物治療の最大の目標であることを念頭に、慎重な患者選択が望まれます。本邦ではモルヒネ、コデイン、フェンタニル貼付剤、ブプレノルフィン貼付薬などが保険適応で認められています。
- f)トラマドール製剤
- トラマドールやその代謝産物のオピオイド受容体への直接作用のほか、脊髄後角でノルアドレナリンやセロトニンの再取り込みを阻害することで鎮痛効果を発揮します。ほかのオピオイド鎮痛薬よりも便秘、眠気、嘔吐といった副作用が軽度で、JSPCガイドラインでは第2選択薬に位置付けられています。
- g) その他の抗てんかん薬
- JSPCガイドラインでは、カルバマゼピンが三叉神経痛に対して第1選択薬に位置付けられています。
- h) 抗不整脈薬
- 電位依存性Naチャネルに作用して神経興奮の発生・伝播を抑止し作用を発揮します。リドカイン注射液や外用薬が神経ブロックや局所麻酔に広く用いられています。 IASPガイドラインにおいてリドカイン外用薬が表在性で限局した神経障害性痛に対して第1選択に位置付けられています。またJSPCガイドラインでは、メキシレチンが有痛性糖尿病性ニューロパチーに対して第1選択として推奨されています。
- i) ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液
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オピオイド系を介さない下行性疼痛抑制系の賦活化、ブラジキニン産生抑制、局所血流改善作用によって鎮痛作用を発揮します。重篤な副作用がなく、忍容性が高く、JSPCガイドラインでは帯状疱疹後神経痛に対して第1選択とされています。
その他に筋弛緩薬、抗不安薬、血管拡張薬などが鎮痛補助薬として用いられます。
- 2) インターベンショナル治療(神経ブロック・手術療法)
- 病態や病期に応じて硬膜外ブロックや神経根ブロック等の神経ブロック、脊髄刺激療法、手術療法がおこなわれています。痛みの範囲やその神経支配が比較的限局している場合には有効ですが、急性期疾患と比べるとその効果は劣ることが多いため、適応を十分考慮したうえで、他の治療法と組み合わせて行なうことが肝要です。
- 3)運動理学療法
- 身体活動性の低下や痛みに対する歪んだ認知を是正し、QOLを向上させることを目的として施行されます。具体的な目標設定とプログラムの立案・作成にあたっては、患者の自己決定を重視し、確実に実践・継続可能な内容とすることが重要となります。また運動に対して安心感を与えるような患者教育も含め、患者自身の自己決定に基づいた目標設定や運動のペーシングを徹底し、漠然と実施するのではなく、患者の行動変容を促しながら身体活動性を高めていくことが重要です。
- 4) 心理的アプローチ
- 痛みの生じるメカニズムや随伴する様々な事柄に対する理解を深めるための教育、認知行動療法、斬増的リラクゼーションなどが用いられます。特に認知行動療法は、慢性疼痛患者の認知や行動などにおける非適応的な反応を特定・修正し、身体機能を含む生活機能を高めるような適応的反応へと促すことにより、疼痛治療の効果を最大限高める作用を期待して、集学的治療に頻用されます。
【最後に】
慢性疼痛の治療には薬物療法や神経ブロック療法、手術療法と同程度に、運動・理学療法、心理・精神学的療法や社会問題の解決が重要であり、むしろそれらの方が重要であるケースも決して少なくありません。学際的集学的に治療を行う医療連携システムの構築も全国で進んでおり、今後も制度・人材育成・教育体制を含めた診療体制のさらなる構築と発展が望まれます(図7)。
